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名古屋地方裁判所 平成5年(ワ)1858号 判決

主文

一  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

主文一項と同旨

第二  事案の概要

本件は、宗教法人である原告が、被告に対し、原告の主管であり代表役員であった被告は、原告の包括宗教法人である日蓮正宗から主管の地位を罷免するとの懲戒処分を受け、原告の主管及び代表役員の地位を喪失し、本件建物の占有権原をも失ったとして建物所有権に基づきその明渡を求めたところ、被告において、右懲戒処分は無効であり、被告が依然として原告の主管及び代表役員の地位にあるから、被告は本件建物の占有権原を有するとしてこれを争う事案である。

一  争いのない事実等(末尾に証拠を掲げた事実は、右証拠により認定した。その余の事実は、当事者間に争いがない。)

1 原告は、宗教法人日蓮正宗(以下「日蓮正宗」という。)を包括宗教法人とする宗教法人であって、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有している。

2 平成四年一一月九日当時に所轄庁の認証を受けていた宗教法人「法布院」規則(以下「原告規則」という。)は、原告に四名の責任役員を置き、うち一名は代表役員とし、代表役員以外の責任役員を「総代」と呼称する旨規定するとともに(甲第三号証)、右代表役員には、日蓮正宗宗規(以下「宗規」という。)により、原告の主管の職にある者をこれに充てることも規定していた。

3 被告は、昭和五八年六月三〇日、日蓮正宗管長阿部日顕(以下「阿部管長」という。)から原告主管に任命されて原告に赴任し、以来現在に至るまで本件建物を占有している。

4 平成四年一一月九日当時、原告代表役員を除く原告責任役員(以下、本件では、代表役員を除く責任役員という意味でも「責任役員」という表現を使う。)には佐崎昭二郎、佐川秀夫、滝村喜久三の三名の者(以下「佐崎ら」という。)が充てられていたところ、右同日、被告は、佐崎らに対し、日蓮正宗の承認を受けることなく責任役員の地位を解任する旨の意思表示を行った(以下「本件解任行為」という。)。

5 日蓮正宗宗務院(以下「宗務院」という。)は、被告に対し、平成五年三月三〇日、本件解任行為を質すため、同年四月一〇日午後一時に宗務院へ出頭するよう召喚した。

6 右同日、日蓮正宗総監藤本日潤(以下「藤本総監」という。)、同庶務部長早瀬義寛は、被告に対し、本件解任行為は、宗規及び原告規則に違反する違法かつ無効なものであるから、真摯に反省し、速やかに白紙撤回の是正措置を取った上、その結果を同月一九日までに書面をもって宗務院へ報告するよう口頭で申し渡し、同月一一日付け「訓戒」と題する書面により同趣旨の訓戒を行った。

7 しかしながら、被告は、同月一七日付け藤本総監宛書面により、本件解任行為は違法不当ではなく、取り消す意思がない旨の回答を行い、本件解任行為を撤回しなかった。

8 宗規二四七条九号は、日蓮正宗の法規に違反し、訓戒を受けても改めない者には、罷免等の処分を行う旨規定しているところ、阿部管長は、平成五年四月二二日付文書により、被告に対し、被告の行為が右規定に該当することを理由に原告主管を罷免する旨の意思表示を行った(以下「本件罷免処分」という。)。

二  争点

(なお、被告は、本案前の答弁として、原告代表者三畝忍道の代表権限を争い訴の却下を求めているが、右趣旨は、結局本件罷免処分が無効であることを理由に右三畝忍道の新たな原告主管任命の効力を争うものに過ぎないと解されるので、独立した争点として扱わないものとする。)

1 原告代表役員による責任役員の解任事由は、宗規二三六条三項に規定する場合に限定されるか。また、右解任に日蓮正宗代表役員の承認が要件となるか。

(原告の主張)

(一) (解任事由限定宗規が原告に適用されることについて)

(1) 原告における責任役員の解任については、原告規則中には明文の規定は設けられていないものの、宗規二三六条三項には、「責任役員が犯罪その他の不良行為があったときは、住職または主管は、この法人の代表役員の承認を受けて、直ちにこれを解任する。」と定められ、解任事由に限定及び制約を加えているところ、右宗規規定は、日蓮正宗の規則及び規程のうち原告に関係のある事項に関する規定は原告についても効力を有する旨の原告規則三三条により、原告にも適用がある。

右宗規規定は、民法六五一条の委任の解除に関する規定の適用を排除するものであるから、被告は、右宗規所定の事由以外の理由により責任役員を解任する権限は有していなかった。

(2) なお、宗規が、宗教法人法所定の手続を経て所轄庁である文部大臣の認証を受けた規則(以下「認証規則」という。)でないとしても、日蓮正宗における認証規則である宗制六三条に基づき定められたものであるから、宗規は認証規則としての効力を有する。

(二) (日蓮正宗代表役員による承認が必要であることについて)

(1) 仮に、原告代表役員が宗規二三六条三項所定の事由以外の場合にも責任役員を解任する権限を有していたとしても、原告代表役員が責任役員を選定するについて、日蓮正宗代表役員の承認を要する旨規定する宗制四三条二項及び原告規則七条三項に照らし、原告における責任役員の解任についても、選任の場合と同様に日蓮正宗代表役員の承認が要件となると解される。

(2) 原告責任役員の選任に関する日蓮正宗代表役員の承認規定が死文化し、または形式的、儀礼的なものであった事実は存在しない。

ア 日蓮正宗における代表役員とは、宗教法人法に基づく宗教法人の職制であり、管長とは、宗教法人としての枠組みをはずした日蓮正宗という教団全体における職制である。ところで、日蓮正宗においては、宗制及び宗規により、法主の職にある者をもって管長に充て、さらに管長の職にある者をもって代表役員に充てることとなっていることから、法主という立場にある者が、大まかにいって、対外的な事項に関しては代表役員の名において、宗内における事項に関しては管長の名において、それぞれその職務を遂行してきたものの、同一人が兼任しているため、その呼称の使い分けは必ずしも厳密ではなかったし、その必要もなかった。責任役員の選任に関する承認願において、実際の書面の宛て名が管長のまま処理されてきたのは、右のような代表役員と管長をいずれも法主が兼任するという日蓮正宗の法主中心の宗門運営に根ざすことによるものである。

イ 原告を含め、日蓮正宗の被包括寺院の責任役員の選任・解任に関して、日蓮正宗代表役員の承認の実態は、実効を伴ったものであった。

すなわち、宗制・宗規に基づき日蓮正宗代表役員宛承認願をする場合、まず、寺院を統括する布教区の支院長を経由することとなるが、これは、地域の実情に精通する支院長にも事実上の審査をしてもらう目的による。次いで、日蓮正宗代表役員のもとへ提出された承認願は、まず、日蓮正宗宗務院庶務部において取り扱い、その際、提出された書類をもとに、当該責任役員候補者の役職や入信歴、活動歴を調査し、疑問があれば直接当該寺院の住職に問い合わせたりして、その適格性を調査する。過去にも、覚徳寺常修寺、持妙寺及び遠信寺等において、責任役員としての適格性がないとして承認願を返却した例もある。

(被告の主張)

(一) (解任事由限定宗規が原告に適用されないことについて)

(1) 宗教法人と責任役員との関係は、委任もしくは準委任の関係にあるから、別段の定めがない限り、宗教法人は、民法六五一条に基づき、何時でも事由の如何を問わず責任役員を解任することができるのが原則である。

そして、原告規則二項本文で、責任役員は原告代表役員がこれを選定すると規定し、規則上、責任役員の選任について原告代表役員にその権限を委ねている。一般に、当該宗教団体内部においては、特段の事情のない限り、選任権限を有する者がその解任権限をも有すると解することが条理に合致することに鑑みれば、原告における責任役員の解任権限は、原告代表役員に委ねられていると解すべきである。

(2) なお、原告が解任根拠として挙げている宗規二三六条三項は、宗教法人法一二条一項本文、一二号により、原告には適用されることはない。すなわち、同法一二条一項一二号、五号は責任役員の任免に関し他の宗教団体を制約し、又は他の宗教団体によって制約される事項を定めた場合には、その事項を双方の宗教団体の規則中に明記されなければならない旨(以下「相互規定性」という。)を規定しているから、原告に宗規二三六条三項の適用があると言えるためには、原告規則中にも、宗規二三六条三項に相当する規定が存在しなければならないところ、右に相当する規定はなく、相互規定性の要件を充足しない。

なお、原告規則三三条は白紙委任条項であり、制約事項について、被包括宗教法人の規則中に個別具体的な明文の規定を必要とする宗教法人法一二条一項一二号の趣旨に照らし、原告規則三三条を右に相当する規定であると解することは許されない。

また、相互規定事項は、認証規則により定められねばならないところ、宗規二三六条三項は、認証規則ではなく、認証規則たる宗制の下位規範に過ぎないから、その点からも原告に対する適用はない。

(二) (日蓮正宗代表役員による承認が不要であることについて)

(1) 原告規則七条三項は、原告責任役員の選定に関する規定であり、その解任に関する規定ではないから、解任について適用されることはない。

また、責任役員の解任につき、日蓮正宗代表役員の承認が必要であると解すると、包括宗教団体による制約となり、前記のとおり、相互規定性を充足する必要があるところ、右制約について相互規定性を充足しないことは明らかであるから、この点からしても日蓮正宗代表役員の承認は不要である。

(2) 更に、原告責任役員の選定に関する日蓮正宗代表役員の承認規定自体、次に述べる理由、運用の実情によりそもそも死文化し、または形式的、儀礼的なものであり、右承認は法的意味において、責任役員の選任及び解任の効力要件とはなりえない。

すなわち

ア 日蓮正宗において、被包括宗教法人責任役員の選定につき、日蓮正宗代表役員による承認は従前一度も行われていない。右承認は、これまで日蓮正宗管長の名前で出されており、被包括宗教法人の責任役員選定届及び承認状御下附願の宛て先も日蓮正宗管長となっている。日蓮正宗における管長は、宗教団体としての日蓮正宗の宗務を総理する立場である(宗規一七条)から、宗教的ないしは宗務行政上の事務(同一五条)を職務とするのに対し、代表役員は、日蓮正宗を代表して法人事務を職務としてこれを総理するものであり、(宗制八条)、その権限は、宗教上の事項を含まない(宗教法人法一八条六項)。したがって、両者は全く別個の地位であり、職責の性質も全く異なる範疇のものとして明確に区別されている。日蓮正宗においては、宗制により、管長の地位にある者が代表役員となる旨の規定があるため、結果的に同一人物が両者を兼ねることになるが、ある行為を管長が行ったからといって、当然に代表役員が行ったことになるものではない。

イ また、原告における責任役員の選定は、原告規則七条二項に規定された原告代表役員による選定により完了するのであり、同条三項による日蓮正宗代表役員による承認は、承認という文言こそ使用されているが、実際には、管長に対する責任役員選任の事後報告的な届出行為とその確認という宗教的意味合いのものでしかなく、実際に、原告において代表役員が選定した責任役員が不承認とされたことはなかった。これは、他のすべての末寺においても同様であった。

このことは、従前の原告責任役員の選定手続に求められた承認状御下附願の書類が、原告代表役員の選定した結果を日蓮正宗管長宛に届出る壇信徒総代「選定届」の単なる添付書類として位置づけられていることからも明らかである。

2 被包括関係廃止のために必要な手続の一環として行った承認なき本件解任行為は正当行為といえるか。

(被告の主張)

原告の主管である被告及び圧倒的多数の信徒は、創価学会に対する対応などを巡り、かねてより包括宗教団体である日蓮正宗との間に著しい宗教上の信念の対立を生じ、阿部管長の支配する日蓮正宗との被包括関係の廃止を望んでいた。これに対し、日蓮正宗は、原告の責任役員を、信徒の総意に反し、日蓮正宗との被包括関係維持を主張するごく少数の信徒の中から選定するよう、被告に対し、その人事権を背景に強制した。その結果、平成四年一一月当時、原告が、日蓮正宗との被包括関係廃止の手続を行おうとしても、責任役員である佐崎らに反対され、日蓮正宗に通報されるなどして、被包括関係廃止の手続を妨害されることも明らかであった。本件解任行為は、そのような状況下においてやむなく行われたものであり、正当行為である。

なお、右のような解任行為につき包括団体たる日蓮正宗代表役員の承認を要求することは、被包括宗教法人による被包括関係廃止の自由と自主性を保証した宗教法人法二六条一項後段及び七八条が排除しようとした事態を容認する結果となり、これら制度趣旨及び右各規定の基底にある憲法二〇条及び宗教法人法一条二項に抵触する解釈となる。

(原告の主張)

宗教法人法は、責任役員を必須の意思決定機関と定め、規則変更という事務も責任役員会の議決を得ることを要件としており、寺院規則で別に定めがなければ、たとえ信徒といえども当該宗教法人の意思決定には参加できない。

また、被包括関係廃止の手続として責任役員を解任する場合に限り、例外的に日蓮正宗代表役員の承認が不要であるという解釈は、宗規あるいは原告規則から導き出すことができないし、被包括関係の廃止に伴う規則変更手続を定めた宗教法人法二六条一項も、信教の自由のための被包括関係の廃止と他の動機に基づく被包括関係の廃止とを区別しておらず、法定の手続に拠って行われることを求めている。したがって、被告及び信徒において仮に被包括関係廃止の目的、動機があったからといって、手続違背が治癒されるものではなく、本件解任行為は正当行為とはならない。

なお、包括被包括関係の廃止は、当該宗教法人の根幹に関わる事項であるうえ、規則変更決議それ自体についても、その重要性に鑑み原告規則においても、一〇条三項の一般規定とは別に三〇条において責任役員の定数の全員一致を要件としている。

右の観点からみれば、被包括関係廃止のための規則変更の場合は、特に手続違背が許されない場合といえる。もとより、包括団体においても、教団の体制維持のために、本件承認規定のような制度は認められるべきであり、宗内規範に定められた手続要件を充足できず、被包括法人が離脱できなかったとしても、それをもって、不当な介入支配になるものでないし、宗教法人法一条二項、二六条一項及び七八条の趣旨に反するものではない。

3 本件罷免処分は有効であるか。

(被告の主張)

(一) 本来、懲戒などの不利益処分を行う場合には、処分事由は予め明確になっていなければならない。本件において、原告規則七条三項は、責任役員の選定について定めた規定であり、解任について定めた明文でない。しかるに、右規定が解任にも類推適用されるものとして、これを前提に法規違反として懲戒なる不利益処分を行うことは、不利益規定の類推適用禁止の原則に反し許されない。また、法規について多様な解釈が成り立ちうる場合、事後的にその解釈の一つを採用して当該行為が違法であると裁判等により判断されることがあったとしても、行為当時においてもその行為が直ちに違法であったとして、当該行為を行った者に対し、違法の責任を問うことが必ずしもできるわけではないところ、本件は責任を問うことができない場合に該当するというべきである。

(二) 責任役員選任における日蓮正宗代表役員の承認については、具体的な基準がなく、承認するか不承認にするかは全くの日蓮正宗代表役員の恣意に委ねられる。すなわち、解任につき事後的に法規違反とすることもしないこともできる結果、本件処分事由の発生自体が日蓮正宗の恣意に委ねられる性質を有している。そのような恣意的な処分を容易に許す処分事由は、そもそも処分事由としての合理性を欠くものである。

(三) 本件罷免処分も、原告と日蓮正宗との被包括関係廃止を妨害するという恣意的かつ不当不合理な目的を有し、かつ被包括関係廃止を企てたことを理由としてなされたものであることが明らかであるから無効である。すなわち、平成四年一一月九日、本件解任行為後の新たな総代らにより構成された原告責任役員会において、日蓮正宗との被包括関係廃止に伴う規則変更の決議をし、日蓮正宗に対し被包括関係廃止の通知をした上、所定の公告期間を経て、愛知県知事に対し、規則変更認証申請を行った一連の手続の最中である平成五年四月二七日、日蓮正宗から被告に対し、本件罷免処分の宣告書がファクシミリで送付されたものであり、右規則変更認証申請は、本件罷免処分後原告主管に任命されたとする三畝忍道により取り下げられた。右事実経過から見ても明らかなように、本件罷免処分は、原告と日蓮正宗との被包括関係の廃止を妨げることを目的とし、又はこれを企てたことを理由とする不利益処分であるから、宗教法人法七八条一項、二項に違反する無効なものである。

(四) 日蓮正宗においては、僧侶が法規に違反した場合であっても一律にこれを訓戒しているわけではなく、また、その者を一律に処分しているわけでもない。これまで日蓮正宗の法規に同じように違反した者であっても、被包括関係廃止を企てたものでなければ、同様の処分をされた例はない。

(原告の主張)

(一) 原告規則七条三項の規定からすれば、責任役員の解任についても日蓮正宗代表役員の承認が要件となることは明らかであり、宗規、原告規則の解釈に不明瞭なところはなく、日蓮正宗代表役員の承認を得ない責任役員の解任が法規違反であることは明白で、懲戒処分として不明確ということはない。

さらに、被告は、日蓮正宗から召喚を受け、平成五年四月一〇日、宗務院において、藤本総監らから、本件解任行為は宗規や原告規則に違反する違法かつ無効なものであることの説明を受け、速やかに白紙撤回するよう申し渡され、かつ、書面によって同旨の訓戒を受けており、右規則は十分理解できていた。また、右召喚に際し、被告に同道した弁護士らが代理人を務めていた妙道寺に関する仮処分事件において、日蓮正宗代表役員の承認を得ない責任役員解任は違法・無効である旨の名古屋地方裁判所の仮処分決定が既に同年一月八日に出ていたことから、被告は同弁護士らから右規則につき当然に説明を受けていたものであり、責任役員解任について日蓮正宗代表役員の承認が必要なことは、被告においても十分に理解していた。

なお、被告は不利益な類推適用の禁止を主張するが、民事関係においては、類推解釈、類推適用は広く認められているところであり、その解釈の結果として、利益、不利益が生ずることも当然に予想されるところである。

(二) 責任役員は、原告規則上、責任役員会の構成員として日常的に事務を決するほか、財産に関する事項を決議し、予算の編成や決算の承認といった重要な決議に関与する立場にあり、又、責任役員会を通じて、代表役員の職務執行を監督するという重要な役割を有していた。

また、宗教法人法上も、責任役員に関し、三人以上置くことを義務づけ、その職務についても宗教法人の事務を決定すると明文化しているほか、その議決は責任役員の過半数で決し、その責任役員の議決権は、各々平等とする旨定めているところ、原告規則にも同様の定めがある。

右のとおり、責任役員は、こと決議に関しては代表役員と平等の権利を有しているのであり、これらの規定は、責任役員会に代表役員を監督する機能を与え、代表役員の恣意的な寺院運営を防止する狙いがある。

しかるに、被告は、寺院の恣意的運営をするため、宗教法人において重要な地位を占める責任役員全員を、その選任・解任の手続を定めた宗制四三条二項、宗規二三六条三項及び規則七条三項に違反して解任したものであり、その法規違反は明らかである。

このように、本件罷免処分は、被告が責任役員を違法に解任し、かつこの違法行為について藤本総監らから訓戒を受けるもこれを改めなかったことが宗規第二四七条九号に該当することを理由とする処分であり、被包括関係廃止を企てたことを理由として処分したものではない。

以上のとおり、本件罷免処分が、不当かつ不合理で懲戒権の濫用であるとの被告主張は失当である。

第三  争点に対する判断

(以下、争点に対する判断中の書証で成立に関する記載のないものは、すべて成立に争いがないか、弁論の全趣旨により成立の認められたものである。)

一  争点1(責任役員解任事由の限定の有無、日蓮正宗代表役員の承認の要否)について

1(一) 宗教法人とその責任役員との間の法律関係は、責任役員が宗教法人に関する事務を決定する職務権限を有していること(宗教法人法一八条四項)から、委任または準委任の関係にあるものと解され、したがって、宗教法人とその責任役員との法律関係については、原則として民法六四三条以下の規定の適用を受けることとなるが、委任契約の解除(告知)を定める民法六五一条一項の規定は適用されないと解するのが相当である。

けだし、甲第三号証によれば、原告の責任役員については、任期の定めがあり(原告規則八条二項)、責任役員会を通じて原告の事務全般につき決定する権限を有するものである(同一〇条)上、その職務も恒常的であって、原告と責任役員との委任または準委任の前記法律関係は、個人対個人の関係ではなく団体とその機関との関係であると認められるから、個人対個人の特別な信頼関係に基づきもっぱら委任者の利益のためになされる一時的な事務を想定して規定された民法五六一条一項はその適用の前提を欠くものと解される。

したがって、原告規則中に責任役員の解任手続又は不解任(解除権の放棄)を定めた明文規定がある場合はそれによることとなるが、右明文規定がない場合、原告規則中に類推可能な規定があるとき又は慣習があるときはこれにより、右いずれも存しないときは条理に基づき判断すべきものと解される。

(二) 甲第三号証によれば、責任役員の辞任に関する規定は、原告規則中に存することが認められるものの、責任役員の解任に関する明文規定は、本件全証拠によるも、宗規二三六条三項において外に宗制、宗規及び原告規則中に認めることはできない。

ところで、右宗規が相互規定性の要件を充足するか否かの論点はさておき、原告代表役員による責任役員解任事由が、右宗規二三六条三項の事由に限定されるかについて検討するに、右限定を肯定すると、特定人が責任役員に就いた場合において、後に同人が職務を懈怠し、あるいは責任役員としての資質等において適格性を欠いているなどの事実が判明した場合、同人が自ら辞任しない限り当該任期中は解任できない結果となるが、責任役員が原告の意思決定に関する重要な機関としての地位にあることに照らすと、右事態が妥当であるということはできないし、宗規自身も右事態を容認するものではないと考えるのが合理的である。又、宗規二三六条三項の解任事由が「犯罪その他の不良行為を行った場合」とされている点からすれば、むしろ、同規則は、右事由のような例外的な事実が発生した場合、特に必要的に責任役員の地位を解任する旨を規定したものに過ぎないとも解される。

以上によれば、宗規二三六条三項の規定の存在によっても、責任役員解任事由を限定するものと認めることはできず、他に右事実を認めるに足る証拠はないから、その余の点につき判断するまでもなく、右に関する原告の主張は採用することができない。

(三) そこで次に、責任役員解任事由につき、原告規則中に類推可能な規定があるか否かについて検討する。

甲第三号証によれば、原告では、原告代表役員が責任役員を選定する旨の原告規則が存在する(七条二項)ことが認められるところ、一般に法人の役職員等について任命権を有する者は別段の定めがない限り解任権をも有すると解するのが条理に適うことに鑑みれば、本件においても、原告代表役員が責任役員を解任する権限を有するものと解するのが相当である。

そうすると、原告規則は、責任役員の選定に際し、日蓮正宗代表役員の承認を要する旨規定し(同条三項)、その選定権限を制約している事実が認められるから、責任役員解任に際しても、原告代表役員の意思表示のみによっては効力を生ぜず、右意思表示に加えて日蓮正宗代表役員の承認により、はじめてその効力を生ずるものと解するのが相当である。何故なら、原告代表役員が、一方的意思表示により任意に責任役員を解任することができるというのであれば、責任役員を宗教法人の事務を決定する常置必須の決定機関とし(宗教法人法一八条一項)、責任役員も責任役員会において代表役員と平等な決議権を有し、責任役員の定数の過半数をもって宗教法人の事務決定をする旨の規定(同法一九条、原告規則一〇条)等を置くなどして、責任役員が代表役員を監督すべき機能を果させようとしている宗教法人法及びこれを受けた原告規則の趣旨を没却することとなるからである。

被告は、右解釈は相互規定性の趣旨に反するものであると主張するが、《証拠略》によれば、責任役員の選定につき日蓮正宗代表役員の承認を要する旨の規定は、原告及び日蓮正宗の双方の認証規則に同旨の規定が存在することが認められ、前記のとおり選任権限と解任権限とが性質上表裏一体の関係にあることからすれば、解任事由についても相互規定性の要件を充足しているということができるから、右被告の主張は採用できない。

(四)(1) そこで、進んで日蓮正宗代表役員による承認規定が死文化していたか否かにつき検討する。

右承認規定が死文化しているというためには、右規定が実質的に廃止されているなどの特段の事情がなければならないところ、被告は、従前において、責任役員選任の承認行為が日蓮正宗管長名で行われていたことを死文化の根拠のひとつとする。

しかしながら、前記のとおり代表役員と管長とを同一人が兼ねる日蓮正宗宗制の体制・実情のもとにおいて、被包括関係にある寺院から責任役員選任に関する承認申請が行われた場合、代表役員が代表役員の名において行うべき事務を慣行として宗教上の地位の呼称である管長の名において行っていたとの右事実のみによって日蓮正宗代表役員による承認規定が死文化していたとまで評価することは相当ではない。従前における原告責任役員の選定に際し、日蓮正宗所定の諸願届書様式集に従い、日蓮正宗管長宛てに提出されてきた「檀信徒総代選定届」の添付書類として承認状御下附願が存在していたことは当事者間に争いがないところ、右事実は、むしろ承認規定の運用を推認させるものである。また、《証拠略》によれば、右諸願届書様式集に記載された檀信徒総代選定届には、宗規二三五条による申請である旨明記されていることが認められる事実に照らしても、被告の右主張は到底採用することはできない。

なお、被告は、宗教法人法一八条六項の規定の存在を主張するが、同規定は、宗教法人の機関は、宗教法人の宗教性に関わる宗教上の事項に権限を及ぼすことはできないとするものであって、本件のように、代表役員と管長とを同一人が兼ねる場合、承認権者である代表役員が管長名義で承認行為を行うことをも禁ずる趣旨とは解することができないから、被告の右主張もまた理由がない。

(2) また、日蓮正宗代表役員による承認が儀礼的、形式的なものであり、法的効力を有するものではないとの被告主張についても、原告における責任役員の選任につき、これまで原告代表役員が選任した責任役員が不承認とされたことはなく、右承認行為が、事後的に行われていたからといって、右事実のみによって、承認が儀礼的、形式的なものであったことにはならない。かえって、《証拠略》によれば、日蓮正宗において、右承認行為があったときは、これを宗務院録事として機関紙「大日蓮」に公告している事実が認められ、右事実に照らしても、被告の主張は採用することができない。

2 以上の検討によれば、原告の責任役員解任事由は、宗規二三六条三項の定める事由に限定されるものではなく、原告代表役員は、責任役員選定権限と表裏の関係にある同解任権に基づき責任役員を解任することができるが、右解任については日蓮正宗代表役員の承認が必要であるということとなる。

二  争点2(本件解任行為の正当性)について

1(一) 甲第三号証によれば、原告は、原告規則中に、日蓮正宗を原告の包括宗教法人とする旨の規定を置いている(四条)ことから、原告において包括・被包括関係を廃止する場合には、右規則を変更する必要があるところ、右変更には、責任役員会において定数の全員の議決を経なければならない(三〇条)ことが認められる。右事実によれば、原告における包括・被包括関係を廃止する旨の原告の意思は、責任役員会における全員一致の議決をみることにおいて、はじめて成立する。しかるに、本件において被告は、本件解任行為当時、代表役員たる被告と責任役員たる佐崎らを構成員とする責任役員会において規則変更決議がなされたことについて何ら主張していないから、本件解任行為当時において日蓮正宗との包括・被包括関係を廃止するとの原告の意思が成立していたとの事実を前提とする被告の主張はそれ自体失当といわなければならない。

(二) 被告は、原告の主管である被告及び圧倒的多数の信徒が日蓮正宗との包括・被包括関係の廃止を望んでいた旨主張する。

しかしながら、右関係を廃止するための原告規則変更を、原告代表役員の意思のみによってなしえないことは前記説示のとおりであるし、また、被告の個人的信仰心を実現するため被包括関係を廃止する手続のために行う責任役員解任につき、日蓮正宗代表役員の承認を不要とする規則が、宗制にも原告宗規にもない以上、本件解任行為の目的が被告主張のとおりであったとしても、右事実によって本件解任行為が正当行為となるものではない。

また、宗教法人法は、信徒の地位に関し、宗教法人の設立(一二条三項)、その重要な財産の処分等(二三条)、被包括関係の設定又は廃止に関する規則変更(二六条二項)、解散(四四条)等一定の重要な事項について信者に公告すべき旨などを規定するにとどまり、右以外の事項については、宗教法人法及び原告規則上も、当該宗教法人の管理運営に関する直接的な権利義務について特段の定めを設けていないことから、本件においても、仮に圧倒的多数の信徒の意思が被告主張のとおりであったとしても、右は主張自体失当といわなければならない。

2 また、異なる宗教団体間における包括・被包括関係については、宗教法人法も認める制度であって、右事実からすれば、宗教上の目的を共有する特定の結合関係及び組織一体性を維持するため、いかなる者を責任役員として承認するかは、包括宗教団体の裁量に委ねられているものと解されるから、責任役員選定に関し、仮に被告主張事実があったとしても、これによって本件解任行為が正当化されるということもまたできない。

3 以上によれば、その余の点につき判断するまでもなく、争点2に関する被告主張は理由がないこととなり、本件解任行為が正当行為となるものではない。

三  争点3(本件罷免処分の有効性)について

1 まず、宗教団体内における懲戒処分の当否の判断基準について論ずるに、宗教団体は、宗教団体を結成する自由及び国の干渉からの宗教活動の自由を憲法により保障されていることから、裁判所としては、宗教団体の自治を尊重すべきであり、宗教団体内部においてなされた自治的運営として僧侶等に対して行われた罷免その他の処分の当否については、手続上の準則違反があるとか、あるいは宗教団体の特質を考慮しても法的正義の観念に照らしてその効力を是認することができないような特段の事情がある場合に限り無効となるものとするのが相当である。

前記「争いのない事実等」記載のとおり、本件懲戒処分も、被告が正当な理由なくして宗務院の命令に従わなかったことを根拠として行われたものであるから、宗教団体内部における自治的運営の一環として行われたものと認められる。

そこで、以下、右説示したところを前提に、本件において前記特段の事情があったか否かにつき判断を加えることとする。

2(一) 被告は、本件懲戒処分が不利益な類推解釈の禁止の原則に反する等主張するが、要は解釈の合理性の問題であり、責任役員解任につき日蓮正宗代表役員の承認を要するとの宗制及び原告規則の前記解釈が不合理であったり公序良俗に反するものとはいえない。

《証拠略》によれば、被告が宗務院に出頭した平成五年四月一〇日当時、既に、原告と同じく日蓮正宗を包括宗教法人とする宗教法人妙道寺につき、本件解任処分と内容を同じくする責任役員解任行為につき日蓮正宗代表役員による承認がないことを理由にこれを無効とする旨の裁判所の仮処分決定がなされていた事実を被告も認識していた事実が認められ、前記解釈が当時被告にとって予測不能であったということもできないから、本件解任行為につき日蓮正宗代表役員の承認を要するとの見解に基づき、阿部管長が本件解任行為を撤回しない被告に対し行った本件罷免処分については、前記特段の事情を見い出すことはできない。

(二) また、日蓮正宗代表役員による責任役員選任及び解任の承認につき具体的な基準が定められていないとの点及び本件解任行為を承認しなかった理由が包括・被包括関係の廃止を妨害する趣旨によるものであったとの点に関しても、包括・被包括関係の制度自体、宗教上の目的を共有する特定の結合関係及び組織一体性を維持するための制度であることに照らせば、宗制及び原告規則上いかなる者を責任役員として承認するか具体的基準が設けられていないことと相まって、承認行為については、日蓮正宗代表役員の裁量を広く認める趣旨であると解されるから、これらの事実は前記特段の事情には該当するとはいえず、その余の点につき判断するまでもなく、右に関する被告主張も理由がない。

(三) さらに、本件罷免処分は、原告が日蓮正宗との包括・被包括関係を廃止することを妨害するために行われたものであるとの点についても、その前提事実である原告における被包括関係廃止の意思決定が有効に成立しているとの主張自体失当であることは前記判断したとおりである。また、本件罷免処分も、本件解任行為をなしたこと自体を理由とするものではなく、被告が宗務院の命令にもかかわらず右行為を撤回しなかったことを理由とするものであって、仮に、本件解任行為の動機が、被告において、日蓮正宗との包括・被包括関係の廃止にあったとしても、右理由により、本件解任行為自体が正当化されるものでないことは前記判断のとおりである。よって、本件解任行為を撤回しなかった被告につき、本件懲戒処分を行ったとしても、日蓮正宗代表役員の裁量権に逸脱があったということもできず、その他、本件罷免処分に至る手続等その経緯に照らしても、前記特段の事情を認めることはできないから、その余の点につき判断するまでもなく、宗教法人法七八条一項、二項違反の点に関する被告主張もまた理由がない。

(四) また、他の法規違反者とされる者への対応との均衡に関する点についても、被告が比較する専妙寺と本件とは事案を異にすることからも、右事実のみによって未だ日蓮正宗管長につきその裁量権を逸脱するような前記特段の事情があるということもできないから、その余の点につき判断するまでもなく、右の点に関する被告主張もまた理由がない。

3 よって、本件罷免処分は有効である。

第四  結論

以上によれば、本件罷免処分により、被告は、原告の主管及び代表役員の地位を喪失し、本件建物の占有権原を失ったものと認められ、右によれば、原告の被告に対する本件建物所有権に基づく明渡請求は理由があるから、これを認容し、なお、仮執行宣言の申立てについては、相当でないからこれを付さないこととする。

(裁判長裁判官 柄夛貞介 裁判官 高橋 裕 裁判官 作原れい子)

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